全てはドラマのように。

再建物語1

1.プロローグ

平成21年5月半ば、産廃業を営むS社の経営者が飛び込んできた。

紹介する元銀行マンとの同行である。双方ともに緊張している。文字通りの駆け込み相談であった。

聞けば、銀行は保証協会に連絡して来週より代位弁済を開始すると言う。

 

金融機関による事実上の収束宣言である。結果は倒産軌道を歩むことになる。

 

再生支援協議会が支援を拒絶した為、やむなく当社を訪れた経緯を話した。

持参した決算書を見れば、その拒絶も仕方がない内容である。

詰まるところ、収益に対して返済原資が圧倒的に不足している。

要因は、経費過剰、売上に倍する過剰な借入である。

ついては、再建の有無の判断、並びに再建支援の依頼である。

 

国の物差しで判定すると再建は無理である。

 

但し、経営はあくまで人間世界の出来事である。自然災害ではない。

 

人間の対応次第で変わりうるものである。また、目の前の緊急患者をここで拒絶すれば、死があるのみである。逡巡の余地はない。あるのは、前へ進むことである。

 

そこで、かくなる提案をした。「これからの出来事についての判断、意志決定は全て当社に任せるか否か。それ次第で対応を図りたい」と・・・。経営者は即決一任を告げた。

2.行動開始

それから数日後、経営者と金融機関回りを開始した。

代弁弁済の一時停止である。

停止期間中に再生計画を組み上げ、承認を得たい旨を告げた。

関係銀行は5行である。

その先でリース企業にも同様に訪問した。一時期間の支払い停止である。

対象企業11社である。双方共に難航した。

40日経過後、経営計画の一応の完成を見て、銀行会議リース企業会議をそれぞれ開催した。

人件費を含む経費の大幅な圧縮、投資機械の売却、返済のリスケジュール等による再建計画の報告会である。

難航すること3ケ月、ようやく利害関係者の調整が落ち着き、秋を迎え、本格的な再建活動が始まった。

そこでは、経営者の壮絶な覚悟、残った社員の奮闘、資産売却の開始、経営管理システムの構築、毎日、毎月の実績管理等、冷や汗と感激の日々が過ぎた。然し、やるべき事は山の如く・・・。

3.その結果

そして、開始年度の決算期(22年春)を迎えた。

前年までの膨大な営業並びに経常赤字が黒字に転換していた。

返済原資は前年の倍になっていた。計画通りである。

そして、翌23年春は更に業況は改善され、この時点で債務超過が解消した。

明けて24年春の自己資本比率は前年の5倍に昂進し、本25年春の決算期を迎えようとしている。

開始時点は▲13%であった自己資本比率は、推定で10%強に達している。

負債は当初開始時点を100とすれば45%である。

 

3年半ほどで負債は半分以下になった。

 

26年度は、繰越損失が無くなり課税業者に転換する運びになる事が当然の出来事として推測される。劇的な回復である。

4.再建の要因

かかる再建のきっかけは経営者の覚悟であり、居残った社員の昼夜を問わない奮闘にある。

勿論、診断、計画、管理システム、継続管理等、経営上の各種改善は必須事項ではある。

 

そして、再建を遂行する当社は計画に基づき徹底した管理を行い、金融機関、利害関係企業と密なるコンタクトを欠かさない。その結果、長期返済になっても、確実であれば信頼は戻り、今日の結果を見るに至った。

銀行、各種利害関係企業との衝突・交渉は懐かしくもある想い出である。

5.第三者の必要性

但し、計画から今日まで全て順調だった訳ではない。

機械売却の為に韓国まで同行しながらも売れない。中国まで加わった売却劇までも失敗。売却の為の様々な手管の連続。

社員の苦情、経営者の落魄した心情、資金繰りに困窮した日々、新規開発同行の日々、それらの全てが、再建と言う二文字ならではの苦悩があった。


反面、第三者としての客観的姿勢は変えない。経営者はともすると、気持ちが萎え、消極的になる場合がある。その気持ちを支え、当初の計画軌道に修正する。これは第三者の仕事である。

6.最後に

経営はひとりでは出来ない、スタッフ、ライン、そして客観視出来る第三者(コンサルタント)の存在が重要である。今回の再建企業はそのことを如実に感じさせた企業であった。いま、一代の経営者は来し方を振り返り、将来の夢を再び口にするようになった。

再建物語2
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